プロレス統計

「プロレスの数字とプロレスする」をテーマにプロレスに関連する数字を調べ、まとめ、考えるブログです。

MENU

各種数値で思い出す北村克也という男

www.instagram.com

すこし、というか大分前の話になるのですが、これまでも度々トレーニング中の画像やオフショットが更新されていた北村克哉選手のInstagramに上の写真がアップされました。
なんだいつものワークアウト写真か、と考えるやなかれ、写真の背景の古びた壁、そこにつるされたいくつモノトレーニングベルト、新日本プロレスを数年単位で追いかけている者から見れば明らかにその光景は新日本プロレスの野毛道場のそれなのです。
つまり、今年初めから欠場していた北村克哉選手はついに野毛道場に帰ってきてトレーニングをしている、というわけです。
このニュースは北村系アカウントを中心にちょっとした話題になっていたわけですが、今回は遅まきながらそれに乗っかって、復帰が近そうな北村選手について各数値で振り返ってみたいと思います。

(2019/2/5 追記)
新日本プロレスから公式に北村選手の「退団」についてアナウンスがありましたが、上記投稿があったときの高揚感を忘れないためにも内容については修正せず、追記のみしています。

 

身長体重

183cm 120kg

割と小柄、軽量の選手が多いといわれる新日本プロレスにおいては貴重な正真正銘のヘビー級選手の体格。
ちなみになんとなく見た目的に想起したバキシリーズの登場人物で、作中でも屈指の筋肉量を誇るビスケット・オリバなんかは同じく180cm程度の身長に150kgの筋肉を搭載、なんていう設定なのでまさにリアルオリバというかなんというか(今の原作の展開的にあんまり良いたとえではないけど。)
とはいえ、新日本のどの選手と並び立っても、体躯で負けたとしても迫力で負けないその肉体こそが武器って言う感じですよね。
上記バキの作者、板垣恵介氏の言葉で「迫力があれば説得力があるって寸法だッッ!!」なんて言葉がありますけど、それを地でいくのが北村さんである。

レスリング実績

体格の良さは売りの一つではありますが、それ以上に北村さんを所謂「鳴り物入り」として新日本に入団、デビューさせたのはそれまでのレスリングでの実績にあります。
簡単に羅列すると

2003年(17歳) 国体少年の部 フリースタイル97kg級優勝
2005年(19歳) 全日本学生選手権 フリースタイル120kg級優勝
2006年(20歳) 全日本選抜 フリースタイル120kg級優勝
       世界選手権日本代表
2008年(22歳) 全日本選手権 グレコローマン96kg級優勝
2009年(23歳) アジア選手権・世界選手権日本代表
       全日本選手権 グレコローマン96kg級二連覇
2010年(24歳) 全日本選抜 グレコローマン96kg級優勝
       世界選手権日本代表
       全日本選手権 グレコローマン96kg級三連覇

という感じに、はえーすっごい・・・
残念ながらその後は諸事情あって(Wikipedia参照)レスリングの世界から離れることになってしまいましたけど実績面で言えば新日本トップクラスのそれ。

生年月日・デビュー日

生年月日:1985年12月14日
デビュー:2017年3月13日

というわけで今年で32歳になる北村さん、同年生まれはBULLET CLUBの高橋裕二郎で一つ上には中邑真輔、一つしたには内藤さんがいる感じ。
それに対して昨年初めにデビュー、というわけでかなりの高齢デビュー(?)だったわけですけど、だからこそ1段飛ばし2段飛ばしでの活躍、出世を目指していたし、望まれていた部分ではあるでしょうね。

ヤングライオン杯


(新日本プロレス公式サイトより引用)

そんな北村さんの最初の挑戦となったのはなんと12年ぶりに開催となったヤングライオン杯。
そもそもヤングライオン杯が復活したのも北村さんや、北村さんと同期の岡、その下の世代に辺り今現在ヤングライオンとしてまさに活動している海野や成田など、陣容が充実していたことが理由として挙げられていましたが
ただ人数が揃っているだけでなく、北村さんと言う規格外がいたからこそヤングライオン自体の注目度が上がった結果の復活だった、という気もしています。
そんなヤングライオン杯は、北村さんの全勝優勝で幕を閉じ、プロレスラーとしての初の栄冠になりました。

北村克也”進化”の七番勝負

そんな北村さんへの優勝の褒美として与えられたのが新日本では珍しい、先輩選手との七番勝負。
主に全日本系の団体でよく行われていた、若手有望株に対するチャレンジマッチですけど、トップ選手でさえシングルマッチが余り組まれない中で7度のシングル対決は新日本からの期待の大きさが窺えましたね。
北村さんはそれに答えるべくこの七番勝負のサブタイトルを"進化"とし、先輩達に挑んでいったわけです、その陣容は

1.ジェイ・ホワイト

www.njpw.co.jp

2.マイケル・エルガン

www.njpw.co.jp

3.ジュース・ロビンソン 

www.njpw.co.jp

4.天山広吉

www.njpw.co.jp

5.中西学

www.njpw.co.jp

6.永田裕志

www.njpw.co.jp

いずれも現在進行形バリバリのトップ選手、というわけにもいかなかったですが、それまでの対戦相手であった同期かそれ以下の若手と比較すると経験値では雲泥の差がある面々ばかり(ジェイはそうでもないけど)
それに対して、いつも通りと行かずとも自身の売りでもある全身全霊さを押し出して挑み、挑み続けて6戦全敗。

そして最後の7番目の試合(流れ的には第三世代の小島なんではと思っていたら怪我で欠場したのもあってか二度目の中西さんが予定されていた)にたどり着くことなく、旗揚げ記念日シリーズ中の3月4日の試合を最後に脳震盪による欠場が発表されました。

 

270日ぶりに帰ってきた男

その後の欠場期間、インスタグラムへの投稿や数々の北村系アカウントによる目撃証言、さらには海外サイトによる情報などで断片的な情報が流れてくるものの、はたして元気なのか、復帰の状況はどうなのか、そもそも復帰に向かっているのか・・・などとファンはやきもきさせられていたわけですが、
しかし欠場から実に270日が経ったタイミングで行われた上記の投稿では北村克哉はどうやら新日本プロレスの野毛道場にてトレーニングをしている模様。
街中のジムでのトレーニング風景でなく、道場でのトレーニング風景と言う意味で今回の投稿はこれまでの各種の情報よりも多くの意味を含んでいるものと考えられます。

とはいえまだトレーニングを開始した程度、という話ではたしていつ復帰になるのかは分からないわけで。
一ファンとしては焦ることなく、また急かすことなく、北村さんがリング上で躍動するその瞬間を待ちたいものですね(個人的には1.4のニュージャパンランボー辺りが怪しいと踏んでいるのだけど)

(2019/2/5 追記)

www.njpw.co.jp

公式から北村選手の退団が発表されました。
話し合いの結果退団ということに、そして今後は「次のステージに挑戦する」とのこと。
少なくとも新日本のリング上で活躍が見られる可能性はなくなってしまいましたが、弊プロレス統計は別のリングもしくは別のフィールドでの北村選手の活躍を祈念しています。

正直に言えば、少し前から噂自体はあったものの、ショックですし残念以外の何物でもない。
何故こうなったのか、何が原因なのか、とかってに考察という名の妄想を働かせることもできるとは思いますが、
我々にできることはその粗削りながら目を離せない魅力を持った男のことを忘れないこと、そして記録しておくことだと思っています。
そして彼は、「北村系アカウント」「北村系女子」なんていうワードを生み出すきっかけになり、そういったムーブメントを除いても新日本の未来を感じさせるような男だったこと、「新日本の未来・希望である」と信じさせてくれるような男だったことをここに記しておきます。

きょうはこれまで、それでは

人気ブログランキング