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各種数字で知る関本大介という男

さて昨日は1ヶ月ぶりに新日本の若手中心興行、LIONS' GATE第12回が開かれましたね。
すっごい久しぶりな気がしてたんですけど前回はたった一ヶ月前で、その時辻・上村両選手のデビュー戦があったわけですが、なぜにこんなに長く感じたのかと考えるとそれだけ"待ちわびていた"部分があった気がします。

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その証左としてこの日のツイート推移を見てみるとこんな感じ、大会の中盤()に一番大きなピークがあり、その後十数分に渡って(まで)比較的高いツイート数値を示しています。
この間に何が行われていたかというと第4試合、関本大介対海野翔太
 

www.njpw.co.jp

海野選手についてはご存知新日本若手のホープでありますが、対戦相手となった関本大介、「知る人ぞ知る逸材」という表現が適切ですかね。
曰く「日本インディマット3強の一人」、曰く「マッスルモンスター」、曰く「大日本のラスボス」・・・いろんな表現がありますけどとにかくすげぇ選手ってことです。
この日も、おそらく半数はこの関本を見に来た観客だったライオンズゲートで観客を試合であっと言わせ、試合後のサイン会には長蛇の列、もって来たグッズは完売とがっつり新日本ファンの心をつかんだ模様ですね。

というわけで、今回は関本大介選手の各種数字について調べてみました。

生年月日

1981年2月9日生まれ

マズ初めに生年月日はこちら、1981年生まれの37歳ですね。
今のプロレス界的には”重鎮”までは行かないまでも業界を知り尽くしたベテランの域に入りつつある働き盛り。
ちなみに大日本だと年齢的には上から数えた方が早いぐらいですね。

1981年生まれというと新日本だと高橋裕二郎があたり、奇しくも(今はそうでもないけど)ぶっこぬきジャーマンスープレックスの使い手だったなんていう共通点がありますね。

デビュー日

1999年8月10日デビュー

デビューは1999年、新日本で言うと棚橋柴田、ということは既に引退をして新日本の営業をしている井上さんも同期にあたりますね。
ということはデビュー時18歳なので今の基準で言うと結構若くして業界に入った感じですかね。
その時のデビューの相手は伊東竜二、同年4月にデビューしたほぼ同期の間柄ですね。
ちなみに一時期大日本を見に行っていた時に伊東選手にはグッズを買ったときに握手をしてもらった思い出があります、物腰はめっちゃ丁寧なのに何故かめっちゃビビッていた思い出・・・

この二人がデビューしたのは大日本プロレス、関本デビュー当時はアイテム・凶器を用いるデスマッチ主流の団体で、関本選手も当初は蛍光灯飛び交うデスマッチに参戦していたものの、他団体参戦などで鎬を削るうちに肉体派として評判になり、その活躍を見て関本にあこがれて入団してくる選手も増えたこともあり、
2010年に大日本が所謂ノーマルルールのプロレスを行うストロングBJを開設した、という経緯があります。
ちなみにこの”ストロング”についてはかつて新日本で鬼教官をしていた山本小鉄さんが大日本にもコーチをしにきていた時期があったつながりでつけたとのこと。
そういう経緯もあってか、今でも「ストロングBJの象徴」として見られている部分は大いにありますね。

身長体重

身長 175cm

体重 120kg

身長こそ大きくないものの、その骨格に限界まで搭載して筋肉が武器、という感じ。
体重はそれこそスーパーヘビー級な一方で美しいブリッジや時にはミサイルキックやトペといった飛び技も出せるのが、”デブ”ではない”筋肉の塊”である証拠ですかね。
身長に関しては「関本にあと10cm身長があったらプロレスの歴史が変わっていた」なんていう文句があるぐらいです。

獲得タイトル数

BJW大日本ヘビー、ストロングヘビー(3回)、タッグ(8回)、最侠タッグリーグ(2回)、ショッピングストリート6人タッグ(2回)、酒田港インターコンチネンタルタッグ王座、NGBトーナメント
全日本、世界タッグ(2回)、チャンピオンカーニバル、アジアタッグ(2回)
DDT、KO-D、KO-D タッグ(3回)
K-DOJO、STRONGEST-K、WEWハードコア
ZERO1、世界ヘビー、UNヘビー、インターコンチネンタルタッグ(2回)、火祭り
天龍プロ、6人タッグ
wXw、世界王座
リアルジャパン、レジェンド王座
計21タイトル、37回

多いわ!
ちなみに以前まとめたザックが21タイトル26回なのでそれを上回ってますね。
(ちなみにその時は関本さんは20タイトルとしてますけどなんか増えたんだろうか、数え間違い?)
所属している大日本のデスマッチ以外のタイトル総なめは勿論のこと、全日本やDDTなど交流のある団体のタイトルは大よそ全部戴冠している辺り、本物のベルトコレクターって感じですね・・・

更に特色としてはタッグのタイトルも結構多いんですよね。
代表的なのは後輩の岡林とのタッグですがそれ以外にも色んなタッグでベルトを掴んでますから、シングルでもタッグでも活躍できる逸材ってことですかね。

参戦団体、総試合数(2017年)

大日本、全日本、ZERO1、W-1、DDT、NOAH、K-DOJO、XWA、リアルジャパン、HEAT UP
計10団体、168戦

参戦団体こそ、国内団体がほとんどでとてつもなく多いわけでもないんですがその試合数の多さたるや・・・
以前まとめた数字で言うとほとんど新日本のみのオカダさんが141試合でしたからそれを上回ると言う。
とはいえ大日本も巡業を行っているとはいえ、最近では交代での選手休養制度を始めたおかげもあってか2017年は、2月が全休で、合計118試合となっています。
てことはそれ以外に引っ張りだこってことなんですかね。

末恐ろしいのは2016年で、この年はなんと全187試合を消化しています。
大日本だけでも133試合していて、それ以外にも13団体に参戦していますからそりゃあ身体もしんどいよ。
各月のデータを見てみると8月なんて一月に24試合してますしね、ほぼ毎日試合・・・
そういう売れっ子を強制的にも休ませる、という意味でも選手休養制度なんですかね。

参考:Cagematch

過去参戦歴

新日本への参戦数 19試合

現在はほぼほぼ国交断絶状態と言われる新日本と大日本ですが、2000年代初めごろはまだぼちぼち交流があって、2002年の5.2東京ドーム(1.4の僅か4ヵ月後に!)において大日本の提供カードという形で金村キンタロー対関本大介という形で参戦をしています。
その後はLock Up(長州力プロデュース)やPREMIUM(蝶野プロデュース)興行などで単発的に参戦していた、という感じですね。
最後の参戦は2008年末のPREMIUM、最後の参戦では長州のアシストから必殺のジャーマンスープレックスで勝利を飾っていました。

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(今の体型を思うとすっごく細く見えてしまう不思議)

所感雑感

というわけで関本選手の各数値についてでした。
まぁ現在の新日本の方針や団体間の確執もあって、ファンでもほとんど触れる機会がなかったとは思うんですがいや実際すごいんですよこの人。
自分がプオタに成り立ての時に始めて他団体で色々探してみたのは関本さんでしたしね。
ただのパワーファイターでなく、テクニックもスピードも備えた、そして若干天然の入った非常に魅力あるレスラーなんですよ。
今はBJW COREという大日本の動画配信サービスもありますし、是非一度試合を見て欲しいですね。
きょうはこれまで、それでは


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